100マイルの終わらない物語

100マイルの山岳レースに挑戦した記録です。長いです。だって100マイルだもの。

T.D.T100マイル完走記(ペーサーとして)

T.D.T100 2019/05/25-26

 

灼熱の多摩川を走って、彼はやってきた。

 

東京でも真夏日を記録したこんな日に、日陰の全くない多摩川沿いを60kmも走ってくるなんて全くどうかしている。

しかもこれはレースでなくただのグループランで、当然ポイントなんかつかないし、泣き言を言った選手はその場で容赦なくカットオフされる。全く皆どうかしている。

 

T.D.T100

ツール・ド・トモ。

100マイラーでその名を知らないものはいないだろう、憧れの大会だ。

多摩川の河口にある大鳥居からスタートして、多摩川沿いをひたすら登り、青梅から山に入って高水山まで登り、また降りてきて河口を目指すのがそのコースだ。

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今回ペーサーを頼まれたのは岩本町TRCの同じチームメイト、下川さん。

もうすぐ還暦を迎える、自分と一回り年が違う大先輩だ。

こんなどうかしていることに挑戦しようとしている彼を、絶対にゴールまで連れて行きたいと思った。

 

青梅鉄道公園 69km地点。

午後20時すぎにシモさんはやってきた。朝から真夏日だったので心配していたが、意外にも元気そうにシモさん到着。ペーサーを引き受けてくれて嬉しかったよと言われたけど、こっちの方が嬉しかったですよ。ドロップバッグから補給をして、めぐちゃんと3人でペーサーを開始した。

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ここから先は青梅高水山へと登る林道になる。疲れているだろうから、シモさんペースに合わせてゆっくり進む。

少し進むと榎峠のエイドに到着、松井さんが元気に迎えてくれた。

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ここから先は急なトレイルになるため、シモさんを先頭にペースコントロールを任せた。トレイルと林道を登り切ると、ほどなく100マイルの折り返し地点の高水山常福院に到着した。

 

ここでシモさんに少し疲れが見え始めた。眠いようでベンチで少し休んでいる。後から駿谷さんとうねちゃんが元気そうに到着。小休止の後、彼らを追うように折り返して高水山を下り始めた。

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そこから榎峠エイドまでは足元に注意をしながらスムーズに下っていったが、疲れてきたシモさんには少しペースが早かったかもしれない。榎峠を越えると、シモさんは山の中で蛇行を始めた。気分が悪いようで酔い止めを飲んだりしたのだが、これが眠気を誘ったのか、さらにペースが遅くなっていく。途中で宮崎喜美乃選手がシモさんを励ましてくれて少し元気になる場面もあったが、再び眠気に襲われてよろよろと進んでいった。

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登りでは恒例のロッキーをかけて励ましながら引っ張ったが、シモさんは辛そうだった。ベンチで小休止したり、メガシャキを飲んだり、眠気をごまかしながらどうにか鉄道公園まで戻ってきた。深夜1時50分。高水山を5時間で帰ってくるはずが、5時間半かかってしまった。

 

シモさんは鉄道公園で休みたそうにしていたが、少し先のコンビニでカフェインをとった方が良いと判断し、がんばって走ってもらう。ファミマでアイスコーヒーを飲んでもらったが、胃腸が疲れていてあまり飲めなかったようだ。自分は蕎麦を急いで補給し次に備える。午前2時過ぎにスタートした。しかしこの時点で自分の頭の中では、完走に対して暗雲が立ち込め始めていた。

 

ここから先は全てロードだ。夜の町の歩道を走っていく。頭の中で計算をする。ゴールまであと大体60kmだとして、キロ8分ペースだと10キロで80分なので、60キロだと480分でちょうど8時間となる。キロ9分だと540分で9時間だ。ゴールの制限時間まであと大体8時間30分くらいなので、キロ9分では間に合わない。逆にキロ7~8分で少しでも貯金が作れたならば、ゴール出来る確率はぐっと上がる。

 

「シモさん、キロ8分以内で走ればゴールできます。苦しいとは思いますけど引っ張りますので、がんばってついて来てください。」

 

シモさんは相変わらず眠気で辛そうだったが、キロ7分半くらいのペースで先へと引っ張った。少し遅れ気味になると、悪いなと思ったが、後ろを向いて「がんばれ、粘って」と声をかけた。歩き始めると「歩いていると間に合いませんよ」と励ました。きっと眠気で苦しいのにふざけんな、と思ったことだろう。でもここまでがんばってきたシモさんをゴールさせられない方が、自分にとっては許されない事のように思えた。

 

どんな状況であってもペーサーがやるべき事はただ一つ。選手をゴールへ連れていくことだ。

 

しばらく走って多摩川沿いに出た。夜の川沿いを走る。缶コーヒーを飲んでもらったが完全に眠気は抜けず、あまりにも眠そうで走れなくなったので、めぐちゃんが少し寝たらどうかという提案をしてくれた。ベンチを見つけてシモさん横になると、寝息を立て始めた。5分だけという事だったが、さすがに短いよねということで10分だけ寝てもらって起こした。するとシモさんはずいぶん回復したようで、元気に走り始めた。自分はただ引っ張るしか能が無かったので、女性ならではの優しい気遣いは勉強になった。

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東の空が次第に明るくなり始める。空は次第に赤味を増していき、日が登った。相変わらず眠気が完全に抜けないシモさん。太陽が上がると眠気が覚めますよ、と言って励ましていたが、その後もなかなか眠気が抜けないようだった。キロ7分台で引っ張りながら、8分を超えると声をかけて「ペースキープ」と励ました。本当にうるさかっただろうと思う。

 

128km地点、ドミンゴエイド到着。ドミさんのスープが胃袋に沁みた。シモさんのドロップバッグからサングラスを渡して、早々にエイドを出た。

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日差しが強くなり気温がぐんぐんと上がっていく。シモさんは相変わらず眠そうで、表情は無い。話しかけても答えられない感じだった。シモさんの年齢を考えて強引に引き続ける事のリスクも考えた。倒れたりしたらどうしよう。でもハンガーノックでは無いようだ。痛みや怪我の兆しも無さそうである。ずっと眠気に苦しんでいるのだ。眠気であればやはり諦めるわけにはいかない。

エネルギー切れにならないよう途中で時計を見ながらジェルを補給してもらいながらキロ7分台で引っ張り続けた。

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変化の無い川沿いのロード。川沿いに並ぶ会社を見るくらいしかする事が無い。クロネコヤマト、読売新聞、キューピーマヨネーズ・・・


それにしても暑さが酷い。自販機に何度も立ち寄る。シモさんは炭酸飲料を飲んで休む。僕はシモさんの頭から水をかける。

 

橋の下にあるなにわエイドに到着。

あまり時間に余裕が無かったが、立ち寄って休んだ。氷入りのグリーンティが美味しかった。

エイドの人にあと何キロですか、と聞くと、あと約24kmですと言われて喜ぶ。残り30 km弱はあると思っていたので、タイムの余裕が出来た。

シモさん椅子に座って頭を氷で冷やす。

すいませんが、そうは言ってもそこまで余裕が無いので、あと3分で出発します、と僕。

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シモさん、絶対に完走できますよ、と喜びながら余裕が出来たのでゆるゆると走っていく。

ようやく遠くに二子玉川のビル群が見えてきた。

するとその手前に小さなエイドが。

立ち寄って水分補給をしていると、「あと26km」と言われる。距離伸びてるやん!

そんなにあるんですかと言うと、ここから二子玉までが6kmで、そこからゴールが20kmだからと。

はいそうですか。計算狂った!

 

時刻は8時前。二子玉には8時過ぎに着けると思ったが6kmも距離があるとはキロ6分で走っても30分以上かかる。


計算が狂った。焦る。

そこから二子玉までの6kmは、3人とも必死に走った。シモさんも焦ったのか、急に力強く走り始めた。

時計を見るとキロ6分を切っていた。息を荒げながら二子玉へ続く土手を駆け抜けていく。

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136km地点の二子玉セブンイレブンには8時30分頃到着した。残り時間は2時間半(150分)。残り20kmをキロ7分で走って残り140分なので、10分を残してぎりぎりゴールできる計算だ。

正直コンビニに寄るのもパスしたいくらいだったが、シモさんが寄りたいというので立ち寄った。すいませんが3分でお願いします、と僕。

 

涼しいコンビニの中でシモさんカルピス、僕コーラを飲みながら言う。

シモさん、ここまでキロ6分で走ってきましたが、ここからキロ7分に落として引っ張ります。キロ7で行けばゴールに間に合いますので、それ以上は遅れないように着いて来てください。

 

コンビニを出て再び多摩川に出てすぐに、0キロカロリーエイドが出現。またエイドかよっ!

1,2分でお願いします、と半泣きの気分で立ち寄ると、ここからゴールまで16kmなので絶対に間に合うよ、と言われる。距離ころころ変わりすぎ!

 

もう何を信じて良いのかわからなかったが、実は20kmあって最後は間に合いませんでしたという展開だけは避けたかったので、そこから先はキロ7分で走った。

 

後ろを見ると、シモさん立ち止まって朦朧としている。これ飲んだら行こう、と手に何ももっていない右手を突き出してしゃべっている。エアジュース!やばい!

 

ガス橋エイドに到着。もはや恒例の「あと何キロですか?」「あと9キロです」「やっぱりそんなにあるんかい!」

 

多摩川沿いは子供たちが野球をしたり、大人たちがゴミ拾いをしたり。平和な日曜の朝だった。

そんな中をゾンビのようになった3人の大人が、暑い、暑いといいながら走っていく。地獄だ。

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あと大きな橋を一本くぐれば、その先にはサロ門があるはず。

なかなか橋が近づいてこない。シモさんここへ来てなぜかペースが上がってくる。

 

最後の土手を走る。やっとのことで橋が見えて、近づいてきた。10時30分に橋を通過。ゴール関門まであと30分。ここで初めてシモさんの完走を確信する。


少し緩めてもいいかと思ったが、シモさんはここへ来て絶好調に飛ばしていくので、逆に必死に着いていくという展開になる。やっぱり還暦やばい!

 

羽田空港の飛行機の尾翼が並んでいるのが見えてきた。

なかなか赤い門が見えないと思ったら、曲がった瞬間にサロ門ドーン!門の前で皆が待っているのが見えた!

シモさんやりましたよ!!めぐちゃんと大喜びしながら走っていく。

 

最後の橋を渡ってサロ門のゲート通る。10時40分。

23時間40分。制限時間の20分前に鳥居通過。

今回はマジで涙が出た。

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シモさん、鬼引きしてごめんなさい。でも絶対に最後までゴール出来ると信じていました。

あなたは最後まで男でした。こんなかっこいい60歳いないよ。

僕をペーサーに選んでくれて本当にありがとう。

 

Age is just a number.

あなたの座右の銘を心に刻もう。

 

<レース後>

・サロ門の周りでビールを飲んだ。クソ暑かったけど、最高な時間だった。

 

・ゴール後シモさんが行方不明に。探し回ると木の下ですやすや寝ていた。氷水で頭を冷やしてあげた。シモさんの寝息は優しい。

 

・めぐちゃんに鬼引き半端なかったね、仕事でもこうなんですかと言われた。いやいや、こんなの職場でやってたら即効パワハラでクビになるでしょ。

 

・シモさんのことが心配だったので、蒲田駅まで行って一緒に電車に乗った。乗り過ごさないか心配だったけど無事に帰れたみたいで安心した。

 

・TDTは一定のペースで走り続けないとゴールは難しい。飛ばさなくても良いけど、何かトラブルがあると一気に追い込まれる絶妙なタイム設定だ。

 

 ・やっぱりペーサーは面白い。マイルの醍醐味はペーサーにあるのではないだろうか。

 

多摩川は巨大な竜だ。関東平野をぶち抜く桁外れのスケール感を自分の足で走ってみて感じた。川沿いには自然豊かな大渓谷があり、人々の生活があり、竜は様々な顔を見せる。この旅を通して自分にとっての多摩川は、全く別のものへと変化した。