トルデジアン200マイル完走記2019 ③居酒屋トルデジアンはじまる 溜まっていく睡眠負債(セクション3〜4)
セクション3
Cogne(106.2km)〜Donnas(151.3km)
居酒屋トルデジアンはじまる
Cogneに着いたらハードなセクション2で疲れた身体をぐっすり寝て癒すつもり だった。そのために睡眠を削ってここまで来たのだ。想定では4時間の休憩時間をとっていた。だが現実はそう甘くはなかった。
トルデジアンで楽しみにしていた事の一つに、ライフベースでのビールやワインが飲み放題という事があった。ビールはサーバーから注ぎ放題!
しかも充実のハムとチーズ!
ビールにハム&チーズとトマトって、居酒屋かよ!
寝酒にビールを飲んでぐっすり寝ようと思っていた。食事を済ませると睡眠部屋へと移動した。ベッドが沢山並んだ部屋の前には女性の係員がいて、何時間寝たいかを聞いてくれた。「2時間」と言って案内されたベッドに横たわった。
ところが、なぜか寝つけない。腹式呼吸をしてリラックスをしてみるが、焦れば焦るほど眠れない。これだけ身体が疲れきっているというのに、なんで眠れないんだ!
そのうち乾燥した空気と土埃のせいか咳が止まらなくなった。これは周りの選手も同様で、暗い仮眠所の至る所では乾いた咳が響いていた。
こうして30分以上悶々と過ごしたが、どうにも寝付けないので、 時間が勿体ないと思ってシャワーを浴びることにした。
シャワー室は泥だらけの選手で溢れていた。シャワー室は扉もなく、上から水を浴びるだけの簡易なものだった。石鹸とタオルだけを持って順番を待って入ったものの、なんとお湯が出ない。色々と蛇口を押したり引いたりしてみるが、水しか出ない。仕方ないので水風呂を浴び、震えながら風呂場から出た。時間はかかるわ寒いわで散々な目にあった。この時ライフベースでシャワーを浴びるのはもうやめようと思った。テーピングも貼り直そうかと思ったが、時間が勿体ないのでそのまま乾かして貼り続けることにした。
ベッドに戻ってダウンを着て身体を温めて、足にワセリンを塗ったりしていると2時間が経過したので、ドロップバッグを持って仮眠室を出た。
計画通りに眠りたい時に眠ることがこんなに難しいなんて。寝た方が良いのはわかっている。しかし思い通りのタイミングで寝られないストレス。もうこうなったらぎりぎりまで動き続けて、どうしようもない睡魔に襲われたタイミングで寝るしかない。
寝られずに時間だけ使ってしまったブルーな気分で食事をとり、深夜1時35分にCogneのライフベースを出発した。4時間近くいたのに眠れないなんて、まったく、なんてこった。
Cogneを出てしばらく行くと私設エイドがあってコーヒーを振る舞ってくれていたので、エスプレッソを頂く。
しばらく登るとGollesのエイド。寝る場所がある事を期待していたが、完全に外のエイドでがっかり。ライトアップはきれいだったけどね。
途中で類くんと一緒になり夜の山道を登っていった。3時間ほど登っていくと小さな山小屋に着いた。Rifugio Sogno(2534m)。温かい山小屋の中にはなんと、待望のソファと毛布があった。たまらず座り込んで、ちょっと寝るから先に行ってと類くんに伝えて、耳栓とアイマスクをして毛布をかぶって座ると、あっという間に寝落ちした。
50分ほどソファで仮眠すると目が覚めた。頭がずいぶんスッキリしているのがわかる。ここは標高2500mにある小屋で、防寒のレインウェアを着た選手が山小屋に次々と入ってくる。朝7時、空が白んできた頃に小屋を出た。雨かと心配したがガスっているだけで大丈夫だったので安心する。さあ3日目唯一のピークへ向かおう。山小屋よありがとう。
そこからは霧の山道を登っていく。
三日目は「ボーナスステージ」と言われており、 大きなピークを一つ越えるだけのイージーセクション。
だが上の方は雪混じりのトレイルだ
Col Fenetre(2827 m)到着。午前8時前。
さあここから2500mを一気に下る長い長い下りだ。
今回のウェアリングは、アウターにはノースフェイスのレインのシェイクドライ、ミッドレイヤーにはAnswer4のパワーグリッド、防寒ダウンの代わりにノースフェイスのベントリックストレイルジャケットを持参した。雪道の登りでは全部を着こんで防寒対策していたが、ここまでの道中でも下りの方が汗ばむことがわかっていたので、下り始める前にトレイルジャケットを脱いだ。
雪混じりのなだらかなトレイルを下る
エイドと思いきやエイドでない小屋
荘厳な風景の中をひたすら往く
Rifugio Dondena (2151m) 午前9時到着
カウンターには沢山のお酒が置いてある
安定のエイドメニュー
再び下る
下りでは身体と対話をする。少し違和感を感じる箇所があれば、身体の動き方や使い方をちょっとだけ変えてみる。すると違和感が無くなったり、それが移動したりする。これはどう?うんちょっと違うかな?じゃあこれは?うん大丈夫。そうしたやり取りを通して、ある時すぽんとスポットに入ると、本当に気持ち良く下れる状態がやってくる。身体が完全に自然と一体化する。僕はその瞬間がたまらなく好きだ。
こんなに長い時間身体と対話をしたのは初めてかもしれない。
エイドではない、ただの小屋があったり
トレイル脇には巨石があったり
トレイル上に牛が歩いていたり
いっぱいいるなー
ひたすら走って下りの中間地点、Chardonney(標高1450m)に到着。テントの中でチップのチェックと食事をする。
そこからは石畳が美しい小さな町を抜ける。
教会のある手前で地元の少女たちが談笑していたり
湧き水(飲めない)
湧き水(飲んじゃだめ)
マリア様
5kmくらい行くと市街地の中のテントが見えてきた
Pontbosetエイドに到着。午前12時半。
生ハムをパンに乗せて食べる。
そこからはまた吊り橋を渡ったりアップダウンのあるトレイルに入 った。
しばらく下り続けると、ようやく川の流れる町に降りてきた。
もうすぐDonnasだ。
いや待てよ。ドンナスには気を付けろと、みんな言ってたな。下ってから町に着くまでが嫌になるほど長いと。いくつか町を抜けなければならないと。
ドンナスは、やっぱり遠かった。
川を渡り
町に入り
談笑するおばあちゃんたちの横を抜けて
美しい町を抜けると
あれ、ロードに出たw
道路の横を走らされる
おートルデジアンの名物スポットきたー!
Yeah!
雨が激しく振り始める中、延々と進んでいく
しばらく走らされて、ようやくエイドが見えた
151.3km地点のDonnasには15時前に到着。目標タイムは15時なのでここも予定通りぴったり。なかなか貯金は作れない。
トルデジアンには途中でポスターにサインをするところが多くある。記念に名前を書いてライフベースに入った。
セクション4
Donnas(151.3km)〜Gressoney(205.9km)
溜まっていく睡眠負債 止まらないビール
ドンナスに着いたら、今度こそしっかり寝ようと思っていた。ここまでの所要時間は51時間。 睡眠は山小屋での座った状態の仮眠で、合計で2時間も寝ていない。目は血走ってくるわ、栄養不足もあってか舌や口の中に口内炎は出来るわで、かなり身体はぼろぼろになってきていた。
Donnasの仮眠所は2階にある静かなベッドだった。横になって2時間後にスマホのアラームをセットすると、昼下がりの涼しさの中ですぐに眠りに落ちた。
2時間後に目覚めた。ようやくまとまって眠れたという安堵感と充実感。すぐに空腹感を感じたので、急いで着替えて足にワセリンを塗り直すと1階の食堂へと向かった。
安定のカップヌードル(現地版、このクリーム味はあまりおいしくなかった)
生ハムとチーズとヨーグルト。 トマトに塩を振って食べたのがめちゃくちゃ美味かった!
ノースの鵜野さんと再会。日本人に会えるとホッとする。この頃から顔がむくみ始めているな。(顔パンLV.1)
午後6時頃にDonnasを出ると、雨は上がっていた。
程なくDonnas名物の悪魔が現れた。意外な事に悪魔は女性だった。一緒に写真を撮る。
石畳を抜けて高台に登っていくと
Donnasの町を見下ろせる展望台に出た。 綺麗な町だったなあ。
三日目の夜に突入する頃、Perlozという小さな町の エイドに着く。カウベルと子供たちが大歓迎してくれた。
ここフレッシュなオレンジジュースをがぶ飲みする。このジュースを飲んだ後、口内炎が劇的に良くなった。やっぱりビタミン補給は大事ね。
町には楽団もやってきた。本当に町を上げて応援してくれているのが嬉しい。ここから先の第4セクションは、また24時間近くかかるタフな偶数セクションだが、一歩ずつ諦めずにクリアしていこう。
2時間の睡眠が効いたようで、夜の闇でも登る足取りは力強い。
午後11時前、Sassa(1398m)エイドに到着。 炭酸水をボトルに補給して先へ進む。今回のレースでは、 終始エイドで炭酸水をボトルに入れて飲んでいた。 炭酸水は胃腸にも良いので、 今回胃のトラブルが全く無かったのは炭酸水のおかげかもしれない 。
昼間ならば景色が綺麗であろうトレイル。
夜のトレイルは心細いが、TORのマーキングの旗は遠くからもライトを反射して明るく光るので、ロストの心配はほとんど無い。
有名なコーダ小屋(2224m)に到着。深夜1時半。 ここが巨人の旅の中間地点だ。ようやく折り返し地点、169kmまで来たのだ。
ここから先は未知の領域だ
ヨーロッパの山小屋は内装も洒落てる
そこからは再び延々と夜のトレイルを行く。 地図に出ていない小さなコルを越えたり、細かなアップダウンが続く。
夜の変化の無い道にも飽きてくる。Barma小屋はまだかな。
2時間寝たとはいえ、既に3日目の夜だ。やっぱり明け方になると眠さと疲れが出てくる。重い身体を動かし続けてげっそり疲れてきた頃に、ようやく遠くに小屋の光が見えてきた。
Rifugio della Barmaに午前6時前に到着。 ここは本当に綺麗な小屋だった。 生ハムを席に座って食べていると、強烈な睡魔に襲われて、座ったままいつの間にか眠りに落ちていた。
気付くとあっと言う間に1時間が経っていた。 仮眠を取るのは睡魔を感じる明け方前がベストのようだ。今回は良いタイミングで寝ることが出来た。
目覚めると日本人の女性が休んでいて、ここはどこ? もうわけがわからないです、と疲れた顔で言っていた。大丈夫ですよ、ペースは悪くないのでこのまま淡々と行けば間に合うのではないですかと励ました。
目覚めに山小屋でエスプレッソを頼む。こうしたメニューは有料だが、色々頼めるのも山小屋の楽しさだ。
小屋の外に出ると日が昇っていて、可愛いワンちゃんがいた
夜でわからなかったが山小屋の脇には美しい池が
朝焼けの絶景の中を登り始める
遠くの山頂に朝日があたる。と思ったら路上で寝ている人が。大丈夫なのかおい!
林道のようなセクションもある。走りやすい。
明るくなったトレイルを登って行く
休憩しながら歯磨きタイム
ワンちゃんと一緒に登る
普通のハイカーさんもいる。 ヨーロッパは山歩きが本当に文化として定着していると感じる
Col Marmontana(2350m)到着。午前9時。
振り返ると雄大な景色が広がっていた
川のほとりのトレイルを歩いて
Lago Chiaro(2096m)エイド到着
クラッカーやクレープをいただく。
日本人で胃をやられて顔が蒼白の選手がいた。 もう関門に間に合わないかもしれないと言っていたので、折角良いペースで来ているので絶対大丈夫、諦めずに行きましょうと声をかけた。
またそこからは登りが続き
マラトラ峠みたいなCrenna dou Leui(2340m)を越えた
振り返ると、チベットの魔除けの旗ルンタの向こうに、これまで辿ってきた山々が見えた
やっとエイドステーション、Col della Vecchia(2184m)に到着
ここのエイドで椅子に座ってサポートの女性と記念写真を撮っていた(顔パンLV.2)
すると、何やら良い匂いがしてきた。
こ、これは
噂の石焼肉じゃないか!
おじさん2人が石の上で焼いているのだが、焼きあがるまで食べさせてくれる雰囲気ではない。でもこれを食べずに先へ進むと一生後悔しそうなので、焼き上がるまでしばらく待つことにした。
焼肉といえば、、、
TOR BEER!(なんと無料)
焼き上がるのを待ちながらプシュ
ようやく焼きあがった焼肉を頂きました
そこからの下りは、 大きな岩がごろごろあるガレ場のテクニカルなパートだったのだが、 ビールを飲んだせいかぴょんぴょん下れた(大丈夫か)
絶景!最高か!
ほろ酔い気分でご機嫌に下りを走り切って、Niel(1573m)エイド、午後2時到着。
TORのポスターが貼ってある。どれもかっちょいい。特に今年10周年記念大会で行われたTor Des Graciers(450km)のポスターは迫力があるね!
長くてきつかった第4セクションもあと大きな山を一つ越えるだけだ 。ここからあと800mアップだ。他のランナーに続いてひたすら登る。
途中で羊さんがいっぱいいる
まだまだ頂上は見えない
こういうガレたセクションもトルには多く見られる。個人的にはこういうガレ場は下りなら大好物だ。
頂上はまだかなー
なんか旗が見えたよ
ついた―!Col Lazouney(2400m)
思わずチュッ
あと1000m下ればライフベースだ。
沢のようになっているトレイルを下っていく
果てしないトレイルを往く
遠くに、おかしな動きの選手が見えた。よく見ると、後ろ向きで下っている。TORの長い下りでついに足が売り切れたのだろうか。
4日目を迎えて、巨人たちはついに牙を剥き始めたようだ
近づくとそれは中国人の女性だった。本当に辛そうに、後ろ向きでゆっくりと坂を下っていく。横をパスして追い越し下ったが、やっぱり気になって引き返して声をかけた。
「ペインキラー(痛み止め)のパッチを持っているけど、使ってみない?」
「痛み止めの飲み薬のこと?」
「いや、貼るほう」
「いらないわよ」
「あともう800mくらい下ればライフベースだ。 そこでマッサージしてもらったら良くなるから、がんばって」
「足が痛くてつらいのよ!」
彼女は怒ったように答えて、また後ろ向きで下りはじめた。
僕もまた下りはじめる。彼女を怒らせてしまったのだろうか。なんだかすごく悲しい気分になってきて、ちょっと涙がにじんてきた。
疲れているせいか、ちょっとした事で気分が落ち込んだりする。情緒不安定になっているのかな。こんなところでブルーになっている場合じゃないのに。
Ober Loo(2075m)エイド到着。午後6時前。 カウベルの大歓声で迎えてもらって、気分が持ち直す。ライフベースまではあと6kmだ。
まるで終わりが来ないように思えるトレイルを下り続けて、午後7時過ぎ、ようやく205.9km地点のGressoneyのライフベースに到着した。ベースの前ではなんと若岡さんが待機してくれていた。併走して一緒に体育館に入る。
長かったセクション4がようやく終わった。