100マイルの終わらない物語

100マイルの山岳レースに挑戦した記録です。長いです。だって100マイルだもの。

トルデジアン200マイル完走記 2019 ②突然雪山かよ!−15℃から3000mの頂へ(セクション1〜2)

セクション1

Courmayeur〜Valgrisenche (50km)

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突然の雪山かよ

 

「トレ!ドゥーエ!ウーノ!ゼーロ!」

大歓声の中、330kmの旅が始まった。 スタートゲートをくぐり、ゆっくり広場に出てからクールマイユールの石畳の商店街へと入っていく。両脇からはカウベルを持った観衆が大歓声で応援してくれる。町中が多幸感に溢れている中を、笑顔でハイタッチをしながら進んでいった。

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「Allez! Allez!」

すぐに町を抜けると応援の続く舗装路を下り切っていく。

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だらだらと登ると程なくトレイルの入口に辿り着いた。

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小雨が降ってきたのでトレイルへの渋滞で待つ間にレインウェアを着る。そしてトレイルを登っていくと、次第に雨足は強くなり、雨は霙へと変わって道の両側を白く埋め尽くしていった。

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日本で練習していた時よりも心拍が上がりやすいと感じた。 初日なので高度順応が追いついていないのかもしれない。まだ序盤なので心拍を上げすぎないように、MAXでも155くらいまででセーブしながら登って いく。

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みるみる雪で白く覆われたトレイルを、一列になって登っていく。すると黒い牛たちが並走するように登り始めた。牛は、僕たちと一緒に登るのが楽しくてたまらないとでもいった風に、 ぴょんぴょんと雪道を駆け上がっていく。牛は時々トレイルを横切ったりしていたが、そのうち急斜面になると足場の良いトレイルに入ってきて、僕たちと一緒に行列をなして登っていくことになった。

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クールマイユールを出発して1時間ほどで−15度の雪山を登っている。

その事にまだ、現実感が掴めずにいる。

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牛は本当にマイペースなやつで、時々トレイルで休憩して止まったりするものだから、僕はおしりを小突いて、先へ進めと促す羽目になった。

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そんな牛人が一体となった行進は雪道を登り続けていき、ようやく一つ目のピークCol Arp 2571mに辿り着いた。

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トルデジアンのコースは基本はコル( 山頂と山頂の間の稜線の低いところ)を超えていくという設定になっている。山頂ではないから楽と思うかもしれないが、このコルが標高3000m前後あるので、越えるのも一苦労だ。

 

山頂に着くと、一緒に登った牛も山頂で一休みしていた。

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ここで下りで滑らないようにクランポン(軽アイゼン)をシューズに装着する。

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持っている防寒具を全部着込んで下り始める

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泥混じりの雪道を駆け降りていった。なぜか牛も一緒に下っていく。お前ら家に帰らなくていいのかよ。

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しばらく高度が下がるとあっという間に雪は路面から消えて、走りやすい緩やかなトレイルになっていった。

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最初のウォーターエイドに到着。コーラと水を補給して、すぐに出発。

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実はここから12km下り切った先が最初の関門エイドLa Thuileなのだが、ここの関門時間が17時30分だ。トルデジアンの関門の中では最初のこいつが意外にタイトなので気を付けなければと思っていた。

 

トレイルからロードを下っていくのだが、この12kmは意外に長く感じた。序盤なのでペースを上げたくはなかったが、万一最初の関門で引っかかったら、もうそれは悲劇以外のなにものでもないので、ロードでは前のランナーを抜きながらペースを上げていった。

 

ロードを下り切って再びトレイルに入り、しばらく進むとようやく一つ目の関門エイド、La Thuile(標高1458m)に到着。16時30分。関門の1時間前に着いたので少しホッとする。

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エイドはフルーツがいっぱい。まだ身体は元気なので軽く補給を済ませてスタートする。

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世界のアドベンチャーランナー若岡さんと

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ノースフェイスの鵜野さんと

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鵜野さんと雑談をしながら一緒にロードを走っていく。ほどなくトレイルに入ってポールを使いながら登っていったが、鵜野さんがポールの先にゴムをつけているんですね、欧米ではつけない人が多いんですよ、と教えてくれた。日本ではトレイル保護のためつける事が推奨されているが、実際の自然へのダメージはさほどでもなく、ヨーロッパで売られているポールにはゴムがついていないらしかった。

 

ポールのゴムを外してみると、なるほど土のトレイルでは尖った先端のグリップが効いてとても登りやすくなった。レース前半でこの情報を教えてもらえたのは助かった。

 

気持ちの良いトレイルを登っていく。

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しばらくすると山の上に美しい湖があった。

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山上の湖の脇を通るトレイルを登っていくとRifugio Deffeyesという標高2500mの山小屋に到着。19時06分。アルプスは日が暮れるのが遅いのでまだ明るい。

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山小屋のすぐ脇には小さなテントがあり、エイドになっていた。簡単に補給を済ませるとすぐにスタートする。

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羊の群れの横を通り

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次第に日が暮れてきたトレイルを登っていくと

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Col Haut Pas(2857m)到着。

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コルから先を見渡すと、遠く町に明かりの光が見えた。

さあ、いよいよナイトセクションのはじまりだ。

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薄闇はやがてあたりを包み、 暗くなったトレイルをヘッデンを灯しながら下っていく。

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しばらく下るとPromoudというエイドステーションに到着。 その先には無数のヘッデンの列が山の頂を登っているのが見えた。

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次のコルまでは800mアップ。そこそこの登りだ。

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前後のヘッデンの量を見ると、自分がどのくらいの位置にいるのか何となくわかる。自分の後にもヘッデンの列が続いているのを見ると安心はするが、自分がいま登ってきた山道を振り返ると、その前の山から下ってくるヘッデンは既にまばらになっていた。

あのまばらなあたりが最後尾だ。という事は自分の位置は真ん中よりはかなり後ろの方で、あまり余裕も無いことがわかる。やはり次のエイドではゆっくり寝ている時間は無いかもしれないな、この頃からそんな事を考え始めていた。

 

夜11時にセクション1の最後のピークCol de la Crosatie(2829m)を通過。

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そこから1300mのトレイルを一気に下りきると、町に出た。ところがなかなかライフベースには着かず、しばらくロードの脇にあるトレイルを走らされた後にようやく50 km地点にある一つ目のライフベース、Valgrisenche (1800m)に深夜1時34分過ぎに到着した。到着目標は深夜 2時だったので、ここまではほぼ想定タイム通りだ。

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セクション2

Valgrisenche(50km)〜Cogne(106.2km)

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巨人たちの洗礼 三つの3000m峰を越えて

 

Valgrisencheは坂を登った上にあるライフベースだったが、数多くのランナーで溢れていた。ドロップバッグを受け取ったが、60Lの容量がいっぱいになるまで荷物を詰め込んだせいで黄色のバッグは膨れ上がり、重すぎて肩にずしりと食い込んだ。休憩ベンチのあるところまで持って上がるのも一苦労だった。

 

よろよろと坂を登って、ベッドがある部屋の手前の小部屋のベンチが空いていたので腰を下ろす。ドロップバッグを開けてみたが、あまりにも大量の荷物が入っていたので、一体何から手をつければ良いのか、バッグを前に途方に暮れてしまった。頭が上手く回らない。とりあえず携帯をコンセントに差して充電して、靴を脱いでワセリンを塗り直し、靴下を変えてみた。そこに計画性など無く、思いついた事をとりあえずやってみたのだった。

予備のジェルを入れるとザックもパンパンに膨れ上がり、重くて気分が 憂鬱になった。そうこうしているうちに、あっという間に1時間が過ぎていった。

 

「セクション2が一番キツいので、 最初のライフベースでは少しでも寝ておいた方が良い」 と聞いていたのを思い出したが、眠気は全く無かったし、自分の順位も後ろの方であることがわかったので睡眠をとるつもりは無かった。 しかし日本人ランナーが奥で寝ますと言って睡眠部屋へ入っていくのを見て、気持ちだけが焦り、ライフベースで寝る練習のために10分だけでも横になろうと思ってベッドのところに行った。なんて行き当たりばったりなエイドワークなんだ。

当然目は冴えて全く眠れず、少し横になっただけですぐに起き上がり、出発の準備を始めた。

 

ドロップバッグを預け直して食堂へ行く。そこには類くんがいて、2時間ほど寝たと言ってスッキリした顔をしていた。寝てない自分に更に焦りが募る。

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エイドの食事はハムやチーズが充実していた。

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トマトパスタを食べようとしたが、マカロニパスタにホールトマトの缶詰をかけただけの簡易なもので、酸味に吐き気を催してほとんど食べられなかった。こんなにパスタが不味いのは想定外だった。仕方なくパンとハムをサンドして食べて、身支度をしている類くんより少しだけ早くエイドを出発した。午前3時31分。エイドの滞在時間は丁度2時間だった。

 

エイドの奥から出て一つ目のコルに向けて1000mの登りを行く。夜の登りは足取りも重く、長くて寒いトレイルで疲労感を感じながら登っていくと、一つ目の山小屋のChalet Epeeに到着。温かい紅茶を飲んだが、ここでさすがに眠気を感じる。 狭くて温かい山小屋の中は人で溢れていたが、机にうつ伏せて寝ている人も多くいた。椅子は埋まっていたが階段の下に座れるベンチを見つけたので、そこに座ってアイマスクと耳栓をつけて少しの仮眠をとる。

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座ったまま40分ほど寝るとかなり頭がスッキリしたので、山小屋を出て先へ進んだ。

 

次第に山の上の方から明るくなってくる。

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朝になると身体に少しずつ力が戻ってくるのを感じる。

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午前7時過ぎ、Col Fenetre(2840m)へ到着。

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トルデジアンは2、4、6の偶数のセクションがキツいと言われている。中でも第2セクションは24時間近くかかると覚悟した方が良いと言われていた。その理由は3000m級の山を三つ越えなければならない区間である事なのだが、その3ボスのうちの一匹目をいま攻略した。朝焼けと相俟って気持ちが前向きになっていく。

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Col Fenetreからは急な下りだったが、 調子も上がってきて前のランナーをどんどん抜かして下っていく。トルデジアンは下りでは足を節約すべしというのが定説だったので、なるべく足に負担を少なく、重力を味方につけながらも地球と喧嘩をせずに下るイメージで、なめらかに下っていった。

 

多くのランナーを抜きながら

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教会のある綺麗な町に出て

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午前8時17分、第2セクション最初の大エイドRhemes- Notre-Dameに到着。目標は9時だったので、途中で寝た割にはほぼ時間通り。

登りをゆっくり行った分を下りでかなり巻き返せたという事なのだろう。これ以降、登りは無理をせず抜いてもらい、下りで抜き返して帳尻を合わせるというのがレース運びのパターンになっていった。

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綺麗なエイドで補給と軽食を済ませてスタート。本日二匹目のボス (1200mアップ)に向けて、雄大なトレイルを登っていく。

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朝のトレイルは所々にある渡渉が凍っており、 油断してずっこける場面もあった。

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黄色いTORの旗を追って登って行く。 その先に蟻のように続く選手の列がわかるだろうか。

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二つ目のコルは後半特に急な登りになっていてきつかった。2500mを超えると明らかに酸素が薄くなって息が上がる。 徐々に高度順応してきている感じはあるが、やはりきつかった。

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11時20分、Col Entrelor(標高3002m)到着。 きつい登りをやっつけた達成感があった。

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コルの先を見ると、簡易な給水所があった。 トルデジアンは山頂付近のコルにこうしたベースをヘリで設置してくれているため、登りで水をかなり使い切っても安心して進むことが出来る。

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ここからなだらかなトラバースで高度1300mを軽快に下り始める。

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すると何故か急に、突然胸が締めつけられるように、理由も無く感情が高ぶってしまい、涙が止まらなくなった。悲しさとも辛さとも違う、突然の涙に、自分でもびっくりする。

ヒック、ヒックと嗚咽を上げながら走っていく、気味の悪い日本人。 おいおい、まだ二日目で泣くなんて早すぎやしないか。睡眠不足で情緒不安定になっていたのだろうか。

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13:30、Eaux Rousseエイドに到着。 標高が下がるにつれて気温はぐんぐん上がり、汗ばむ陽気になっていた。

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エイドには類くんがいた。お互い元気にここまで来れている事を喜ぶ。水分とフルーツをしっかり補給してエイドを出た。

 

さあいよいよ本日のラスボスにして、全コースの最高峰、ロソン峠を目指すのだ。

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長いトラバースを登って行く。

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途中にあるこんな水場は、外国人ランナーはガブ飲みしているけど、日本人は絶対飲んじゃだめ。お腹を壊すからね。

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遠くに見えるはGrand Paradiso(4061m)

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気の遠くなるようなトラバース道が続く

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遠くにコルらしきものが見えてきても、期待しちゃだめ。登り切ったらその先にまた峠が見えて、という絶望感を何度味わったことか

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「二日目が一番きつい」と事前に聞いていたので、相当覚悟をして登っていたので心が折れなくてよかったと思う。

それにしても4時間以上登り続けているのに全く頂上が見えないってどんなスケールなのよ!

 

次第に雪道になっていく。さすが3000m級だ。一体いつまで登り続ければ良いのだろうか。

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コルは、あのあたりだろうか

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午後6時30分過ぎ、トルデジアン最高峰、標高3299mのCol Loson到着!

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登ってきた雪道の向こう側には夕陽が見えていた。

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そしてここからは高低差1700mのなだらかな下り(鬼か!)

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気の遠くなるような長い下りを走り切り、真っ暗になった市街地に出て、街中でエイドの場所がわからずうろうろ迷う場面もあったが、21時46分に第二のライフベースCogneに到着。想定タイムは22 時だったので、色々帳尻合わせてここまでも予定通りだ。

気が遠くなるほど長かった第2セクションが、ようやく終わった。

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