シェール100完走記
シェール100 (2021/11/6-7)
距離160km,累積標高7500m
コロナにより、マイルの大会は激減した。
僕自身も2020年のUTMBが中止になったことで、大会へのモチベーションが下がっていった。興味の矛先も、クライミングなど新しい山のアクティビティへと向かっていった。
そう、コロナは様々なものを奪っていった。
鍛えられた肉体も、その一つだ。
例外なく僕も、走る距離がどんどん減っていった。
ふくらはぎは細くなり、腹回りにも肉がついてきた。体型はみるみる変わっていった。
自分は、まだ、マイルをやれるのだろうか。
そんな気持ちでいた頃に、友人たちと大好きな六甲山で100マイルレースをやることになった。
その名は、シェール100。
六甲の摩耶山にあるシェール道を巡る、一周32km×5週の周回コースだ。レースディレクターはいっちー。気持ち良く走れる上に、コンビニと自販機と公衆トイレ多数の素敵なルートを描いてくれました。
レースが無いならば、自分たちで100マイルレースを作ればいい。
ロゴのデザインは盟友ポジトロンの土井ちゃん。
LINEでデザインをお願いしたら、秒で素敵なロゴを仕上げてくれた。最高か。
2021年11月、その日はやってきた。
朝7時30分に新神戸駅に集合。手作りのゼッケンをつけて
4人でスタート!(7:45)
■1周目 目がマジ
最初は摩耶山への急登。天狗道を4人でパックになって登っていく。
一気に体温は上がり、程なくOMMのコアフーディを脱いでTシャツに脱ぎ変えた。
まだ一週目、無理をせずに登っていくと、程なく掬星台のピークに出た。
朝の光が降り注ぐ神戸の街、美しい。
登り切った掬星台ではほとんど休まずに、すぐにシェール道をパックになって、紅葉の萌える森の中を駆け下りていった。
シェール槍へと続くシェール道。この道は明治時代に神戸にいたドイツ人のシェールさんから名付けられたとか。
下り切ったところに看板があったが、泥で埋もれて「シェ」しか読めなかった。
俺たちの河童橋を渡る。
ここからは、なだらかな林道をだらだらと登って下る走らされるパート。紅葉の中をしばらく走ると再度公園に到着。
ここには自販機とトイレがあり、一周に2回通る補給ポイントになっている。コースは途中にコンビニと自販機が多数あるので、補給に困ることはない。ここまでで結構汗をかいたのでトマトジュースで塩分補給をする。
その先の鈴蘭台のローソンは、シェール100のオアシスだ。かき揚げそばを温めていると、いっちーが「先に行くわ」と早々に出て行った。目がマジだ。急に火がついたらしかった。
僕たちはかき揚げそばで補給をして、鈴蘭台高校の脇を通って菊水山へ登っていく。菊水山は西側から登ると階段地獄のえげつない急登だが、今回の北側からのルートだと、意外なほどスッと登れてしまう。
花崗岩のテクニカルな下りを降りきると、すぐに鍋蓋山へ登り返していく。
重い。身体が重い。
まだ一周目だというのに大丈夫なのだろうか。ずっしりと重い身体を一歩一歩引き上げて、ゆっくりと登っていく。やはり登る力が弱っているのだろうか。既に足腰に乳酸が溜まりはじめた感覚もあり、不安になる。
まさに鍋蓋の形のような、最後まで緩やかな山道を登り続けて、ようやく鍋蓋山の山頂に到着。
ここからは再び再度公園に下り、疲労感を感じたのでネクターをぐいっと飲んでひと休み。再度公園を出ると大師道を通って諏訪山方面へと向かうのだが、ここから先は神戸市街地へと向かっていく、下り基調の走れるルートだ。このようにシェール100のコースは全体的に走らされるパートが多く、気を抜けない絶妙なコース設定になっている。
うねちゃんが「今で5時間半だよ。ペース速すぎるんとちゃう?」と言う。シェールのコースは試走したときにゆっくり周って7時間くらいだった。飛ばしていたつもりは全く無かったが、先行したいっちーに触発されて、思いのほかペースが上がっていたのだろうか。少しペースを落として神戸市街地へ向けてゆっくりと下っていく。
真昼の市街地は暑かった。北野を抜けて新神戸へ戻ってきた。13時45分到着、1周目のCTは約6時間。
■2周目 血ぃ出てないって
新神戸のコンビニで少し休んで、14時には2周目に突入した。長い摩耶山への登りも、おすすめコンテンツの話をしながら登っているとあっという間に着いた気がした。陽が傾いてきた掬星台の広場に座ってクロワッサンをミルクティで流し込んだ。あっという間に身体が冷え始めたので、早々に下りはじめる。
長いシェール道の下りを走っていると、あたりはみるみる薄暗くなってきた。再度公園を早々に抜けてローソンへ向かう。夜間パートの前にカレーメシとハニーチキンというパワーメニューでがっつり補給をして、鍋蓋山へと登っていく。
そして1日目の夜がやってきた。真っ暗になったトレイルを、1周目の登りでうねちゃんが落としたサングラスを探しながらトレイルを行くと、あった。親切な人が柵にかけてくれたらしかった。
菊水山の頂上へタッチして、狭いトレイルを下っていると、後ろですごい音がして砂煙がもうもうと上がった。振り返るとうねちゃんが転倒して、座り込んでいた。
「顔から血、出てない?」「大丈夫」「血出てる気がする!」「大丈夫やって」
顔面からいってしまったようだったが、無事でよかった。
再び登り返して鍋蓋山。すっかり暗くなった神戸の夜景がクリアに見えた。
学生時代を過ごした第二の故郷でもある神戸の町。あの頃は六甲山に自分の足で登って夜景を見るなんて、想像も出来なかったけど。
再度公園で軽く補給を済ませて、真っ暗な諏訪山のトレイルを慎重に走って神戸の町へ再び降りた。
長いロードを走って21時30分頃に新神戸到着。2周目のCT、約7.5時間。
■3周目 牛丼食べたい
本格的な夜間パートが始まる前に、新神戸のファミマで生絞りグレープフルーツジュース、シュークリーム、ドーナツ、コーヒーを補給する。スイーツ男子か。
ゆっくり休憩して、22時頃に3周目スタート。そろそろ疲れが溜まってくる頃だが、なるべく余力を残して4周目に入りたい。4周目にさえ突入することが出来れば完走は出来るはずだから。
ペースを上げ過ぎないように、うねちゃんと話をして気を紛らわせながら摩耶山へと登っていく。
意外にも早く掬星台の広場へと到着することが出来た。
するとそこには、多くの若者たちの群れが。そう、土曜の夜の掬星台は、夜景を見に来る恋人たちが集まっていたのだ。
そして掬星台から穂高湖までの下りのロードは、恋人たちの車で大渋滞だった。
駐車場待ちの列をなした車の横を、駆け下りていくヘッデンを灯した二人組。冬の山中でいかれた奴らがいると思われたことでしょう。
シェール道の下りで、左足に違和感を感じる。蟻の一撃は早めに対処するに限る。座って左足の爪にテーピングを巻いた。
夜の河童橋。こわい。
真っ暗闇に浮かび上がってきた再度公園は、当たり前だが誰もいなかった。うねちゃんの眠気が辛そうで、座ったまま缶コーヒーを飲みながら寝ている。
少しだけ休憩をして鈴蘭台へトレイルを登り始めたところで、早くもトレイルを下ってきたいっちーとペーサーの井上さんに会ってテンションが上がる。いっちーはすごい汗をかいていて、眠そうだった。
いっちーと別れて先へと進み、夜のオアシスローソンに到着。
外は寒かったのでシーフードヌードルを食べようとお湯を入れていたら、店主の女性オーナーが店内で食べるよう勧めてくれた。なんていい人なんだ。人の少ない店内で縮こまってカップヌードルをすすらせてもらう。
再び登りはじめる。底冷えする深夜の菊水山。
次の鍋蓋山の登りで、次第にうねちゃんが遅れ始める。眠気でもうろうとしているようだ。話をすることで眠気を紛らわせてきたが、さすがに話すことも無くなってきた。新神戸に着いたら何を食べようか、そんな他愛もない話をしながら最後のトレイルを走っていった。4周目がスタート出来るかどうかで、完走が決まる。吉野家で補給をしてから元気に4周目に突入しようと思っていた。
新神戸到着は朝の6時。3周目のCTは、約8時間かかった。
■4周目 蟻の一撃
楽しみにしていた吉野家は、無情にも閉まっていた。
仕方なくファミリーマートで冷やしそばを食べたが、酸っぱいものが上がってきてオエッとえづきそうになる。それなりに固形物を摂取してきたつもりだったが、ここへ来て胃腸がやられてきた。吐きそうになったうどんを無理やり胃袋に押し込んで、朝6時頃にスタート。いよいよ100マイルっぽくなってきた。
新神戸をスタートして布引の滝に着くころには、あたりが薄明るくなってきた。しかしうねちゃんの眠気はピークに達したようで、更にペースが落ちて坂の途中で止まり始めた。申し訳ないと思いつつ、ここで登りは先に行かせてもらった。
朝日がトレイルに差し込んでくる。身体に力がみなぎってくる。
掬星台の広場に着く頃には、すっかり陽が登っていた。
掬星台からロードを気持ちよく下っているときに、ついに蟻の一撃によりダムが決壊した。右足の甲に感じていた違和感、たかが甲だから大丈夫と高を括っていたのだが、それは遂に激痛へと変わり、まともに走れなくなってしまったのだ。
今回のシューズはアルトラのオリンパス。トルデジアンで履いたものと全く同じ型のものをこのレースで初めて下ろしたのだった。トルで大丈夫だったからと思ったのだが、100マイルの鉄則「初めてのギアは絶対に本番で使っちゃだめ」は本当だった。なんでやっちゃったんだろう。
考えた末に、右足の甲の当たる部分のヒモを外して靴紐を通しなおして、圧迫感を無くしてみた。
これでようやく痛みがマシになったので、明るいトレイルを駆け下りていく。降り注ぐ陽光からエネルギーをもらっている感覚があった。
シェール道の下りにはいくつか渡渉ポイントもあるが、昼間に渡るのは気分も変わって楽しい。
結び変えた靴紐もいい感じ。
下り切ってから再度公園までのアップダウンでは、暑くて水切れしそうになったが、僅かに残った水をちびちび舐めながら進んでいく。紅葉がきれいだった。
ようやく再度公園の補給ポイントに到着。
ザックをおろして水分補給
その先のローソンでは消化の良さそうな天津飯を補給。なんとか吐かずにのどを通ってほっとした。なぜかふと背後にうねちゃんが猛スピードで追い上げてきている殺気を感じたので、早々にスタートする。
鍋蓋山の登りは暑かった。
再度公園から諏訪山への下りでは、また右足の甲に痛みが出てきた。右足の靴紐を更に緩めると、今度は左足の指の付け根が痛くなってきた。はい、100マイルあるある「痛みの連鎖」ですね。かばう動きが別の部位のダメージにつながるのよね。知ってたよ!
諏訪神社の脇を抜けて
降り立った新神戸の町も暑かった。たまらず日陰を走る。一日で一番暑い時間帯に新神戸の駅へと戻ってきた。
13:30分到着。4周目のCTは7.5時間。夜間の3周目よりもペースを上げることが出来た。
■5周目 槍を見たかい
吉野屋は開いていた。それほど食欲は無かったが、通過儀礼ということで牛丼を注文。しかし案の定、半分くらいしか食べられなかった。
午後2時、最終ループスタート。暑かったが、走れるところは頑張って走る。布引の滝も輝いて見えた。
5度目の掬星台への登りは、もちろん両足は疲労で重くきつかったが、これで終わると思うと嬉しくもあった。
そして最終ループにはご褒美が待っている。5周目に入った走者だけが、シェール槍のピークを踏むことが出来るのだ。何人たりともこの権利を放棄することは出来ない。これってご褒美なのか?
そしてどうせシェール槍に登るなら、明るいうちに登りたい。なるべくペースを落とさないように維持しながら天狗道を登り切った。
俺たちのエナジードリンク、伊藤園の1日分のビタミン。何度飲んだことだろう。
右足の甲の痛みを抱えながらロードを下り、穂高湖へ。湖畔のトレイルを周ってシェール槍へと向かう。疲れ切った身体に、急に縦方向のクライミングのムーブは本当にきつかった。
そして、ついにシェール槍のピークを踏む。仁王立ち。
陽が沈む前にピークを踏めて本当にうれしい。
Have you ever seen the spear?
Yes!
夕暮れのシェール道を下り
再び夜が訪れた。最後のローソンの補給も軽く済ませて、菊水山へと向かう。
そして5回目の鍋蓋山。
最後のトレイルは右足も痛みがピークになっていたが、もうこれで最後だと思うと、足がもげてもいいからと走っていった。
次第に幻覚が見え始めた。遠くにライトを持った男が歩いている。こんな時間に人などいるわけがない。はいはい、幻覚さん来ましたねーてな感じで受け流す。
最後のトンネルを通ると
ついに新神戸の町が見えた。最後くらい歩いてもと思ったが、最後くらい走ろうと思い直し、新神戸に向けて北野坂を駆けていく。
新神戸が見えてくると、いっちーがコンビニの前で待っていてくれて、嬉しかった。
「新神戸まで行かなきゃだめ?」「最後まで走るでしょ」「トレイルランナーの端くれとしてがんばるよ」
最後は少し腰くだけになりながらも、走って新神戸の駅に駆け込んだ。
21:30 新神戸到着 5周目のCTは7.5時間。最後までタレずに走りきれたのはよかった。いっちー、サプライズのビールありがとう。
1周目 OUT7:45 IN13:45 CT6時間
2週目 OUT14:00 IN21:00 CT7.5時間
3週目 OUT21:30 IN5:30 CT8時間
4週目 OUT6:00 IN13:30 CT7.5時間
5週目 OUT14:00 IN21:30 CT7.5時間
FINISH TIME 37:45
以上がシェール100マイルの顛末だ。
取り立てて語るドラマもないまま、痛みを抱えて、機械のように周回を刻みながら、気付けば六甲の夜遊びは終わっていた。
フィニッシャーズキャップ
身体は覚えていた。
登りは、四本足で登ることを。
下りは、着地の衝撃を臍で抜くことを。
一定の出力を維持すれば動き続けることを。
眠気には仮眠ではなく集中力が効くことを。
身体が重いと感じても、必ず復活の時が来ることを。
身体は覚えていた。100マイルの走り方を。
100マイルなんて、やりたい時にやればいいんだよな。
急ぐべからず、されど休むべからず
ーゲーテ
#シェール100