100マイルの終わらない物語

100マイルの山岳レースに挑戦した記録です。長いです。だって100マイルだもの。

トルデジアン200マイル完走記2019 ⑤林道同盟結成 エピローグ(セクション7)

セクション7

Ollomont(287.2km)〜Courmayeur(338.6km)
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林道同盟結成(別名顔パン同盟)

 

途中足のトラブルはあったが、目標16時の2時間前になんとか Ollomontへ到着できた。一郎さんと一緒にまずはビールで乾杯をする。駆けつけ3杯じゃないが本当にお替わりをして3杯一気に飲んでしまった。それだけ暑かったのだ。

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ほろ酔い気分でドロップバッグを担いで、とりあえずシャワーへ向かう。暑かったしさすがに汗臭さが気になってきたので、最後のセクション前にテーピングも剥がしてリフレッシュしたかった。シャワーを浴びて(ここはお湯が出た)身体を拭くとスッキリした。その足でマッサージに向かい、テーピングの貼り直しをお願いする。どこか異常が無いかと聞かれたので右腿の痛みを伝えたが、炎症を起こしている部位はマッサージをしないと言われてしまった 。

マッサージが始まってすぐに気絶したように寝落ちする。一瞬記憶が無くなるとすぐに起こされた。足を見ると右膝にテーピングをがっちりしてもらっていた。足をぐるぐる巻きにされていたが、果たして靴を履けるのだろうか。

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そのままマッサージコーナーの横の簡易ベッドで横になった。2時間ほど寝ると、夕暮れになったのか気温が急激に下がって、アラームが鳴る前に寒さで目を覚ます。周りは靴を履いたまま寝ている人がいたり、野戦病院状態だった。

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身支度を整えて、イタリア版カップヌードル(しょうゆ味。クリームよりこっちが正解)フルーツポンチを食べる。

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18時過ぎにOllomont出発。制限時間は明日の18時なので24時間ある。ここまで来れば完走は出来るはずだという確信が湧いてくる。若岡さんとゴールで会いましょう、と約束をして出発をした(顔パンLV.6 目が開いてないのを笑顔でごまかす)

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夕陽のあたる山々を見ながら登って行く

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アイベックス先輩!下りを教えてください!

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20時30分 Rifugio Champllon到着。

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山小屋の中はすごい賑わいだった。地元の人たちがワインを飲んで大宴会をしている。居酒屋か。

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地元の女性グループも楽しそうにワインを開けている。週末に山小屋で宴会。なんて素敵なんだ。それとは対照的に手前でボロ雑巾のように眠るTOR選手達

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突然ふるまってもらった子羊のソーセージのトマト煮込みはハーブが効いて激ウマだった。これ今回のレース中で一番美味しかったもの

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一緒に宴会したいところだが食後のカプチーノを飲んで出発

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21時45分、Col de Champillon(2709m)到着。あとはラスボスのマラトラ峠を残すのみだ。

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今宵も満月が眩しい

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しばらく山を下ると、眼下にえらく騒がしいエイドPonteille Desotが見えてきた。23時到着。

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ここのエイドはすごかった。私設エイドなのだろうか。地元の屈強な男たちが肉をがんがん焼いている。

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牛肉と豚肉にポレンタ、イワシの丸焼きをトッピング。ボリュームがすごい!

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テーブルには赤ワインどーん!ここまでビールは結構飲んだが、もう最後のステージ。ここでこのワインを飲まないと一生後悔する気がしたので、ぐいっといただく。

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う、美味い

 

ワインを飲んでくつろいでいると、日本人選手の常田さん、鈴木さんがやってきた。

「ここから先は単調な林道が10kmくらい続くので、1人だと眠気に襲われる。一緒にパックで進みましょう」

そう常田さんから誘ってもらい、ここから先は3人で一緒に行くことにした。

 

急遽結成した林道同盟。3人で夜の林道を進んでいく。

常田さんも鈴木さんもTORのリピーターだった。鈴木さんは1年目は完走、昨年はなんと300km過ぎで水あたりのためリタイアという凄い経験の持ち主。そして今年はUTMBから続けてTOR参加らしい。そして常田さんに至っては、今年のPTL(290km)を2週間前に完走してからそのままTOR参加(うそでしょ)。日本人女性でこの連戦は史上初めてらしい。

全くみんなどうかしてるぜ。

 

下らない話をしながら進む林道は楽しかった。常田さんのPTLの経験談や、鈴木さんのリタイア話、そして世界は狭いものでお互い共通の友人がおり、そのエピソードで爆笑しながら進んでいく。

 

100マイルをやる人たちは、ユーモアがあるとつくづく思う。絶望的な状況の中でさえ、それを笑い飛ばせるメンタリティの強さがある。

僕はこういう人たちのことが、本当に、好きだ。

 

“Retain your sense of humor.”

ユーモアの精神を忘れるな

これは僕が初めて100マイルをアメリカで走った、CCC(Cascade Crest Classic100)の合言葉だが、100マイラーの精神性を本当に良く言い表している言葉だと思う。

 

ある人はこの言葉を聞いて、“Humor”はHumanが語源なので、人間らしさを忘れるな、とも解釈できると言っていた。

 

僕たちはこの長い旅を通して、まるで山の中を動き続ける動物のようになっている。だが、クソきつい時こそ笑え。笑え。目の前の馬鹿みたいな現実を笑い飛ばしてしまえ。

人間らしくあることを忘れるな

 

顔をパンパンに腫らした林道同盟達は、ここまでの行程であったTORの珍エピソードをお互いぎゃははと笑いながら、また途中で眠そうに右へ左へ蛇行しているランナー達の事を笑い飛ばしながら進んでいく。

ここまで旅を続けてきて、彼らと出会えて、TORは壮絶な冒険というよりは、壮大な喜劇みたいだなと思っていた。人生はクローズアップで観れば悲劇だが、ロングショットで観れば喜劇になるとでも言うように。

 

長かった林道も話をしているとあっと言う間に過ぎて、Saint -Rhemy Bossesに到着。午前1時50分。

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「サンレミ着いたら寝るぞー!」と言いながらここまで走ってきた。トルデジアンリピーターの常田さんによると、ゴールするのに最適な時間は最終日の午後であって、午前中はゴールに人がいないので寂しいとのこと。よってここでゆっくり寝て時間調整をして午後にゴールをしようという事になった。教会の2階にあるベッドへ直行する。

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1時間30分のアラームをセットして寝る。即効で寝落ちするが、アラームが鳴る直前で自然に目が覚める。ショートスリープが身体に沁みついてきたらしい。テントに戻り最後のマラトラアタックに備えて腹ごしらえをしていると、先行していたはずの鵜野さんがいた。どうやら夜の林道で知らずに追い越していたらしい。 眠気で谷底に落ちそうになっていたと笑っていた。みんな顔をパンパンに腫らして楽しそうだ。

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全員顔パンLV.7

 

4時過ぎスタート。途中で装備を整えながら4人パックで進む。

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3人のスピードに着いていけなくなったので、先行してもらう。 座り込んで靴ひもを結び直す。今回のシューズはアルトラのオリンパス。新しいオリンパスの完成度は本当に素晴らしい。厚底なのに足裏感覚もあるし、グリップも優れている。この靴が無ければ完走は難しかったかもしれない。

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最後の夜が明ける

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マラトラ目指して朝焼けのトレイルを進む

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途中エイドかと思ったらただの牛舎だった

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朝日キター!

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明け方の山は官能的だ

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このフラッグをいくつ越えて来たことだろうか

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マラトラへ向かう登りは急ではないが、6日目の疲れた身体には長くてきつかった。空を見上げながら早く小屋に辿り着かないなあと、のろのろ登り続ける。

7時50分、ようやく朝日に照らされたRifugio Frassati(2537m)到着。

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へとへとになって椅子に座りこむ。鵜野さん、常田さん、鈴木さんは既に到着してくつろいでいた。小屋の中に差しこんでくる強烈な朝日を浴びながら、朝ごはんにパスタのトマトソースとハムをいただく

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最後のカプチーノ

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最後のマラトラ峠は、あとわずか400mアップだ。夢にまで見たマラトラを、あのポーズで越えよう。

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マラトラ峠へ続くトラバースが見えてきた。遠くの斜面に続く踏み跡が見えるだろうか。

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トラバースを横切って、最後の登りへ。 上の方に何か見えてきた。

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振り向くと、ここまで登ってきた道がみえる。クールマイユールからの長い道のりまでが見えるような気がした。

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長い登り。もうあまりプッシュは出来ないが、ジェルを入れて、身体中の力を振り絞るように、一歩一歩、登っていく。

 

最後はロープの急登

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そしてついに

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Col Malatra到着。9時42分。標高2936m。319km地点。やっとここまで来た。夢にまで見たマラトラ峠を、万感の思いを込めて、いま踏みしめている。

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さあ、クールマイユールへ帰ろう

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まだまだ長いトラバースは続く。下り始めると、クールマイユールから登ってくる人たちと時々すれ違う。「Bravo! Bravissimo!」、「Grazie!」

時間は大丈夫、ゴール出来るよ、と言ってくれる人もいて、喜びが湧き上がってくる。

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Malatra(2325m)エイドに到着。10時34分。 再び気温が上がってきたのでガスウォーターで水分補給をしっかりする。

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そこから先はまたちょっとした登りがある。でもこんなのマラトラに比べればなんてことはない登りだ。登りきるとそこには

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出たーグランドジョラス!死の山!長谷川恒男がこの北壁を登ったのか

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おおー!マッターホルン!でかい!!

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マラトラ峠からの下りは長かった。長い下りでまた足に痛みが出てきてしまい、いよいよ抑える事が出来なくなってきた。途中で歩きも入れながら下ったため、結構な時間がかかってしまった。

 

ふらつく足取りで駆け降りていると、岩場で派手に転倒する。起き上がる。右肘から真っ赤な鮮血が滴り落ちている。自分に血が通っていたことを、久しぶりに思い出す。

 

上出来だ。300km過ぎまで無傷で来れたのだもの。こんなのは、思い出の些細な勲章みたいなものだ。

 

いつまでたっても小屋に着かないので次第に不安になってくる。制限時間は大丈夫だろうか。次の小屋までの距離表示を見ると意外に長くて焦ってくる。走ったり歩いたりを繰り返していった先に、ようやく最後の山小屋の屋根が見えてきた。

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最終エイド、ベルトーネ小屋(1975m)13時30分到着。下り基調なのに前のエイドから実に3時間もかかっていた。

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エイドで補給をしていると、突然名前を呼ばれてびっくりする。 一郎さんだった。「日本人選手みんなあっちにいますよ」

行ってみると、鵜野さん、常田さん、鈴木さんだけでなく、 日本人ランナーやTor des Graciers(450km)を3位で完走した小野さんたちが全員集合して、陽光のテラスでビールを飲んでいた。もう打ち上げかよ

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ここまで来ればもう完走は確実だ。僕もテラスでビールをいただく。ぐび。トルデジアン最高か

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睡眠不足で腫れ上がった顔を見て、若岡さん、一郎さんやみんな嬉しそう。(顔パンLV.8)

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眼下にはクールマイヨールが見える。 さあ全員でウイニングランだ。

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みんなと一緒に写真などを撮りながらトレイルを下っていく。当然両足はめちゃくちゃ痛い。

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Graciersを3位で完走した小野さんが飛ぶように下っていくのを見て、化け物だと思った。

途中で足が痛くて着いていけなくなったので、 マイペースでゆっくり下っていく。330kmの旅の終わりを、ゆっくり噛みしめるように。

 

ようやく見覚えのあるクールマイユールの町に降りてきた。

 

スタートゲートが見えてくる。万感の思いでその横を通過する。ただいまクールマイユール。

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クールマイユールの商店街の両側には、 人々が昼下がりのカフェで楽しんでいる。お茶を楽しむ人達に声をかけられながら最後のウイニングランを楽しむ。

「Bravissimo!」、「Grazie! Grazie!」

沿道の人たちからも祝福されながら、最後のストレートを走る。石畳の細い商店街の先にゴールゲートが見えた。

グラッツェ、イターリア!

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147時間34分

6日と3時間34分

330kmの旅が終わった

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Epilogue

ゴールでは類くんたちが待ってくれていた。 しばらくビールで祝杯を上げる。その後は受付会場まで戻ってドロップバッグを受け取り、担いでホテルまで戻った。ゴール後のこの行程がアップダウンもあり、エクストラステージみたいで何気にきつかった。

 

ふらふらになりながらホテルに着いて、シャワーを浴びる。数日振りに鼻をかむと巨大な血の塊が出てきて鼻血が止まらなくなった。イタリアの乾燥恐るべし。

 

ゴールした日本人選手で打ち上げをしようと言っていたが、 シャワーを浴びてベッドに横たわると立ち上がれずにそのまま就寝する。

その時類くんが撮ってくれた写真がこれ。死亡寸前かよ。

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翌朝起きると両足がまるで象の足のようにパンパンに腫れていた。サンダルに足が入らない。

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朝ごはんのビュッフェ。 しばらく山で新鮮な野菜が食べられなかったので、 サラダが異常なまでに美味かった。

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表彰式へ向かう。完走者が全員が名前を呼ばれて前に出て、 フィニッシャーTシャツを着て祝福を受ける。なんとも言えない幸せな時間だった。

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表彰式の後は、クールマイユールの名店「トンネル」 のピザで打ち上げ

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夕刻のバスでミラノへ戻る

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グラッツェ、クールマイユール!

 

今回の旅は330km、ひたすら山を動いてきた。登りは犀の角のように、下りは山羊のように。

食べる。体が動く。疲労して石の上に数秒横たわる。起きる。ゆっくり歩き始める。ウェアリングは研ぎ澄まされてゆき、気象条件により考えなくとも自動的に変更されてゆく。補給も淀みなく自動的に行われれ、淀みなく排出されてゆく。

限界まで来ると少しの仮眠をとる。起きる。また身体が動く。陽が沈む。陽が登る。思考が混濁する中で何かを思い続ける。

この繰り返しの何と美しいことか。

 

ただ動物のように、ただ淡々と。トルデジアンとは究極の挑戦というよりは、究極の生活であり、生きることそのものの、丁寧な確認作業のようなものだったと思う。

 

純化された、ただの生活。

それはいまや最も得難いものだ。

 

それを求めて、僕はいつかまたこの町を訪れるような気がしてならない。