100マイルの終わらない物語

100マイルの山岳レースに挑戦した記録です。長いです。だって100マイルだもの。

カスケードクレスト100マイル完走記

Cascade Crest Classic 100Mile Endurance Run (2017.08.26)

 

初めての100マイルは、2017年のアメリカだった。

きっかけは2016年のUTMF 。スタート直前に雨でコース短縮の神託があり、一体ここまでの数年間は何だったのかというやり切れない思いで走った。

 

日本でマイルをやれないなら、アメリカへ行こう。

そんな思いで申し込んだCCC(Cascade Crest Classic 100)。

 

だが、シアトルに着いた僕を待っていたのは、山火事によりコースが50マイル地点で折り返しになるというまさかの展開だった。さすがアメリカ。

キャスケードは前半はアップダウンがあり、後半はなだらかな走れるコース。つまり前半のアップダウンを二回やれということか。しかも何故か関門時間が一部繰り上がっている。もう笑うしか無かった。ここまで来たらやるしかない。このタフな状況を楽しみながら走ってやる。f:id:ayumuut:20180930001244j:image

目覚ましをセットした1時間前に目が覚めた。午前5時半だ。レース前にこんなにぐっすり寝れたのは初めてかもしれない。昨夜9時頃にはベッドに入り、何度か途中で目が覚めたが7時間は十分寝たはずだ。早めに起きて支度を始めよう。


イーストンから高速で15分程の隣町、ティンバーロッジインはロードサイドの快適なモーテルだった。支度を終えて外に出ると朝焼けが見えていた。

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車でイーストンに入ると、昨日の閑散とした消防署が人々で賑わっていた。エントリー受付で番号を告げると、ゼッケンとレースグッズとTシャツを渡してくれた。

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消防署の中では地元の子どもたちが朝食ビュッフェを振まってくれている。パンケーキを食べたが少し足りなかったのでデニッシュを2つほどおかわりした。しかし寒い。寒いと余計なカロリーを消費するという誰かの言葉を思い出し白湯を飲む。8時10分よりブリーフィングが始まる。マーキングの事、コース変更になってロープセクションの注意事項など、ジョークを交えながら話していたが、半分もわからなかった。コース変更になってみんな大変だと思うけどFUNで行こうぜ、みたいな感じだと思う。

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スタートは突然にやってきた。子供たちの可愛らしいアメリカ国家斉唱の後、午前9時になったのか、唐突に皆が走り始める。号砲もカウントダウンも無い。

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しばらくは砂利で走りにくいフラットなロードを走って行く。みんな意外とペースが早いなあ。前半は絶対に飛ばさないと決めていたので、抜かされても気にしない。気にしない。気にしない。あれ、心拍がもう150くらいまで上がっているぞ。

f:id:ayumuut:20180930002255j:image次第に軽いアップダウンの林道になり、いよいよトレイルの入り口まで来た。ここからは歩きで少し心拍を落としたい。しかし結構な斜度な上に周りのペースが早いのでなかなか緩められない。あの身体の大きなアメリカ人が登りになると特に早い。ストライドが大きいから有利だよな。大きな身体でぐんぐん登っていく。ランナーには年配の人も多い。あと脚や腕にタトゥーをがっつり入れているランナーもいてアメリカらしい感じだ。


登り続けていると心拍は155を超えてきて、自分の中の上限と決めていた160台に入る事も出てきた。まずい。登りは結構サクサクと進んでいるつもりなのだが、すぐに後ろに渋滞ができてしまう。しばらくは頑張っていたが、下手に体力を消耗しないようにトレイル脇へ外れて抜いてもらう。抜きぎわに「大丈夫か?」と聞いてくる。さすがにまだ大丈夫だよ!お前らこそ潰れんなよ。


ハンドボトルだけで走っているランナーが結構いる。日本のマイルレースはとにかく重装備傾向で必携品を課する事も多いが、キャスケードはもちろん装備チェックなど無いし、完全に自己責任なのでハンドボトルに裸で走っていたりしてクールだ。


一方で登りではポールを使っている人も意外に多い。前日スタッフにポールを持っていくべきか聞いたら、いらないよと言われたので中間地点のHyakに置いてきた事を後悔し始める。2時間くらいして腿と尻の筋肉に乳酸が貯まってきた感じがし始め、まずいなと思う。こんなに早くに疲労感が出始めるなんて。乳酸が貯まってからが勝負だから気にすんなと言い聞かせる。


依然として心拍は160前後をキープ。さすがに高すぎる。しかし19時のスタンピードの関門に余裕を持って入るためには、前半に貯金を作っておきたい。心に不安がじわじわと忍び寄る。こんなに足を早くに使って大丈夫か。いつもならこんなに早く筋肉の疲れを感じた事などないのに。得体の知れない不安感が拭い去れない。

とにかく最初のエイドGoat Peakの30時間完走の目標タイム2時間40分だったので、到着した時のタイム差で考えよう。


4.5マイル地点のGoat Peakに着いたのが11時間40分、目標タイムぴったし定刻。まじかJR田中さんの時刻表通りじゃないですか。さすがJRの精度は半端ねえな。てかこれだけ頑張ってやっと30時間ペースかよ。ここから先もあまり緩められないな。

 

Goat Peakからは急に視界が開けて目の前に雄大なキャスケードの山が見える。ランナーがその斜面を列をなして登って行くのが見える。自分もエイドをパスして続こうとしたが、美味しそうなスイカが見えたので戻ってもらう。瑞々しくてめちゃ美味かった。さあ山に入るぞ。

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高度が上がっていくと眼下に見える景色が素晴らしい。時折霞などがかかって、アメリカに来たんだなあという実感が湧いてくる。そしてトレイルは樹々の間へと入っていく。

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この頃から、時折足がつまずくようになる。路面は根っこもなく石も少なめでスムースだが、時折ある石につまずいて前のめりで転けそうになる。まずいな、これは脱水の兆しだ。足を動かす電気信号に微妙なズレが出ているということだ。次のエイドで水と電解質を多めに取らなければ危ないな。右足の筋肉にピキっとするつり始めの感覚も出ている。全てペースが早すぎるせいだ。


9.4マイル地点ColeButte到着。電解質タブレットを多めにかじり、水もしっかり飲んで少し気持ちも落ち着く。このエイドでは何とポプシクル(アイスキャンデー)が出て来た。ここから少しだけ登りが続くのだが、みんなポプシクルを舐めながら歩きで登っていく。

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少し登ると長い長い林道をしばらく下り、底まで行ったらまたダラダラと登るという、ちょっとおんたけぽいセクション。この時間はまだそこまで暑くなかったが、後半はこのパートに苦しめられる事となる。

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相変わらずしっくり整わない身体と心。漠然とした不安。そんな時に思い出したのがサイラーのきーちゃんの「リタイアなんて選択肢は1mmも無かった」というやつ。そうだよな、走るためにアメリカへ来たんだろ。関門でぶち切られるまで、やめるなんて選択肢はない。このペースが維持出来れば大丈夫だ。ここから先はコースが若干だけ短縮されていたので関門の貯金も出来るはずだし。


14.2マイル地点 Blowout Mtn到着。ここもJR田中さんの時刻表通り、ちょうど1時間後の12時40分の到着だった。

前の女性ランナーが犬にハイドレの水を分けてあげている。犬も嬉しそうだ。

ポテチとリンゴを食べようとしたら、リンゴと思ったのは実はサツマイモで一瞬吐きそうになる。ああびっくりした。エイドにはミキサーがあってラズベリーの冷たいスムージーをその場で作ってくれたのだが、これがめちゃ美味かった。日本では考えられないホスピタリティだ。美味いわーって言ったら、そうだろラズベリーと何やらと何やらとを入れてるスペシャルだからな、と得意げなスタッフ。さあいよいよPCTだ。

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走っているとおもむろにPCTの看板があったので、思わず歓声をあげる。世界中のスルーハイカーの憧れの道、Pacific Crest Trail。時折スルーハイカーが歩いているのとすれ違う。日本と比べると若者のハイカーが多い気がする。最近の映画の影響かな。

ここからしばらくPCT沿いに進んでいく。アップダウンが少なくなってきて、ようやく心拍が140台に落ち着いてきた。身体の固さが取れて少し整ってきた気がする。

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しかしここからTacomaまでの10マイル強は実に長かった。これまでのエイド間隔であれば500ml一本あれば十分持つと思っていたら、次のエイドがなかなか出てこなくて焦り始める。水が底をつきそうで怖かった。確かに時刻表ではこの間3時間かかっていた。前のエイドを出る時に用心しておくべきだったが仕方ない。結局2時間半と少しかけてTacomaへ到着した時には喉がカラカラだった。


14時44分にTacoma到着。ようやく目標タイムに対し30分強の貯金が出来た。Blow Mtnからのループコースが無くなったのも大きいのだろう。ようやく水を得た安心感に浸る。ここTacomaからはまた登り返すルートになる。エイドスタッフに勧められてバフのキャップの中に氷を入れてかぶりエイドを出た。

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しばらくPCTの看板が出ている比較的フラットな樹林帯を行く。やっと心拍も下がり身体が整ってきた。脂肪燃焼の低燃費「巡行モード」に入った感じだ。さあ、脂肪よ燃えろ。マフェトン練の成果を見せてみろ。登りも辛さが無くなって、リラックスして森を進んで行く。


樹々を抜けて斜面を上って行くと、こんなに早くにあるはず無いところにエイドがある。道の両側にビールの空き缶が並んだ花道。ボランティアのビールエイドだった。「ポイズンはいるかい?」「狂ってるね」と返答しながら、もちろんゴクリと頂く。「アメイジング!」最高に美味かった。

そうだ、自分は大会を楽しみに来たんじゃないか。関門にピリピリするのではなく、楽しみ尽くそうではないか。このビールで何か肩の力が抜けた気がした。

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16時半過ぎに28.6マイルSnowshoe Butte到着。中学生たちが運営しているエイドだった。エイドの名前を確認しても知らないところが初々しいが、いろいろ声をかけてくれた。ベーコンとチーズを挟んで焼いたナチョスを勧められて、気持ち悪くならないか心配しながら食べたら「美味い!」

おばちゃんドヤ顔。

さあここまでくればStampedeの19時関門はまず大丈夫だ。

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下り基調の森を1時間後ほど走ると32.9マイル地点のStampede Passに到着。17時40分。関門は19時なのでかなり貯金を作れた。ここでもナチョスとチーズを食べる。優子さんもおすすめのチーズで、筋肉疲労が回復しますように。

ようやく1/3来た。そろそろ暗くなり始めるはずなのでドロップバッグからPetzlのヘッデンを取り出し、ザックに入れてエイドを出た。


山際に陽が落ちてきたが、なかなか暗くはならないので、しばらくはヘッデンをつけずに進む。このあたりからトレイルが乾燥し始めて埃っぽく、距離を詰めすぎると前のランナーの鉾が舞って気になるので、適度に間を取りながら巡行していく。

 

この辺りまで来ると前後で抜きつ抜かれつの選手が決まってくる。2人一緒に進んでいる白人と何度か抜き会う。コロラドから来たらしい。日本から来たというと驚いていた。途中で1人が足を滑らせて転倒する場面があったが、大事では無かったようだ。たまたま転倒した横に湧き水があったので顔を洗う。最高だねと笑い合う。

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次第にトップ選手が折り返してくるのとすれ違うようになる。もうHyakから戻って来たのか。信じられない早さだ。大体がペーサーをつけてライトを煌々と焚いている。「Good job!」「Nice work!」声を掛け合うと気持ちが楽になる。

4,5番目くらいに女性のトップランナーが戻って来た。前日にスタート会場を見に行った時に、華奢な娘がいるなあと思ったその人だった。その時確かに彼氏にペーサーしてもらって19時間目標で走りたいと言っていたけど、イケメンの彼氏を後ろにペーサーとしてつけてすごい早さで戻ってきた。めちゃ早いやんか。なんたるリア充やな。


そのまま日暮れ直前に39.9マイル地点のMeadow Mtnに着いた。19時44分。ここでフードをつまんだ後にアミノ酸を補給すると強烈な吐き気に襲われる。やばいなあもう胃に来たか。見ると隣の人も頭から毛布を被ってゲーゲー吐いている。急に夜戦病院感がしてきた。みんなきついんだな。

座っていると足に激痛が。蚊に刺された。こっちのやつは凶暴だな。長居せずに行こう。

エイドを出てしばらく行くも痛みが引かないので、ポイズンリムーバーで吸い出して抗炎症薬をべったり塗る。これで随分楽になった。

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ここから次のOlallieまでは足場も悪くて走れない区間だった。ヘッデン慣れもしていないのでゆっくり進む。Hyakの関門までに時間はあるはずだ。月がとても綺麗だった。

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それなりに登り返しもあるセクションで、アミノ酸のおかげか、麻痺したのか、筋肉痛はもう感じなくなっていた。しかしHyakに着いたら復路は絶対ポールを使おうと、この頃には心に決めていた。


45.8マイル地点のOlallie Meadow到着。日本人女性がスタッフでいた。久しぶりに日本語で会話が出来てホッとする。去年は日本人が何人かいたのに今年は1人だねと話していたらしい。光栄です。温め直したトマトスープとパンを恐る恐る食べてみると吐き気も起こらずすんなり食べれた。目玉焼きのようなものも勧められて、これも食べられた。ちゃんと食べられるとそれだけで活力が湧いてくる気がする。

「ここからHyakまでは3マイルの下り、2マイルのトンネルだけよ」と聞いて、また帰ってきます、とエイドを出た。

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ここからHyakまでの下りは噂のロープセクションだ。ロープの崖があると聞いてかなりビビっていたが、なるほどこれはロープ無いと滑り落ちるやつだ。登りの早い選手には申し訳ないが待ってもらいながら慎重に下っていく。そして復路はここをもう一度登るのか、憂鬱だなぁ。

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ようやく下まで降りきると、しばらくはロード区間。向かいからどんどん選手が戻って来る。そしてしばらく行くとようやく見えてきたキャスケード名物のトンネル。昔の鉄道な何かのトンネルだと思うが、とにかく長い。走れど走れど出口が見えない。あまりに長いのでそのうちになんだか瞑想状態に入り、進んでいるのかどうかわからなくなってきた。時々向かいから選手が来るので気が紛れたが、往復じゃ無かったらかなり孤独な区間だな。後で聞くと2マイルじゃなくて4マイルもあるトンネルという噂も。

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何度か出口と思ったらただの向かい選手のヘッデンで、というのを何度も繰り返してもう出口を期待するのをやめた頃、ようやくトンネルを抜けた。Hyakの明かりが見えた。23時12分到着。ようやく100マイルの半分まで来た。


Hyakは噂のスノーマンのライトアップがあった。スープでチキンをお願いしたらチキンラーメンだった。ありがたい。もうジェルは全く受けつけなくなっていたので、ヌードル多めでチキンラーメンをお代わりした。心拍もかなり下がっているので、後はリアルフードだけで自分のエネルギーを使いながらどこまで行けるかだな。

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ポールをザックに刺して出発した。さあイーストンへ帰ろう。


後半戦


Hyakを出るとまたトンネル。はいはい長いのわかってるから出口なんて期待しないよ、と思いながら進む。反対側からランナーが来るが、歩いている人も多い。Nice Work!と励ましながら進んでいく。行きは気づかなかったが骸骨が首から「Need a Pacer?」というプラカードをかけて吊るされていた。キャノンボールかっつうの。いやビールやら骸骨やらキャノボの方がアメリカ的なのか。


期待しないと案外早くに出口を通過して、例のロープセクションの入り口へ。男性をペーサーにつけた女性の後ろからロープを持ちながら登っていく。この女性もふくらはぎにタトゥーを入れていたが、途中で並ぶと意外に高齢だった。アメリカは年輩でもがっつり墨を入れたランナーが多くてかっこいい。

ロープの直登は足場が滑りやすく埃まみれになったが思ったよりは登りやすく、程無くして急斜面の林道に出る。そこでザックからシャキーンとポールを取り出す。夏合宿で教えてもらったように、身体を押すように使ってみる。最初は慣れなかったが、次第に推進力がつけられるようになってきた。こりゃ登り楽だし早いんじゃね?


あとポールを使った最大の効用は、登りを走らなくて良いという気持ちになった事で、登りの精神的ストレスが激減した事であろう。実際に体力的にも楽になり、心拍も上げて120がマックスになってきた。多分疲れてきて追い込めなかった事もあるのだが。


そうしているうちに長い林道を登り切って午前1時に56.2マイル地点のOlallie Meadowへ戻ってきた。行きで美味しかったトマトスープをお願いすると無くなったと言われてがっかりしたが、少しだけあるよと出してくれた。パンも特別にピーナッツバターの塗っていないプレーンなやつをもらう。


行きで声をかけてくれた日本人女性が大丈夫かと声をかけてくれた。すると隣に座っていたヒゲのおじさん(彼女の旦那さん)が、お前ヒロキイシカワ知ってるかと聞いてきた。もちろん知ってるぜと答えると、彼は俺のジャパニーズブラザーなんだと言う。実はこの人Brandonという有名なトレイルランナーでワサッチ100に毎回出ているレースの顔みたいな人だった。日本の千日回峰はすごいよねみたいな話で盛り上がる。来年キャスケードのレースに来たら俺の家に泊めてやるからと言われる。社交辞令でも嬉しいぜBrandon!

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あまりゆっくりもしていられないので、じゃあ行くねと言ってエイドをでる。後ろでBrandonが「Go!Go! Rock'n Roll Yeah!!」と大声で叫んでくれた。ストックを両手で上げて背中のガッツポーズで応える。涙が出た。


ここから次のMeadow Mtnまでは淡々と進んでいった。暗闇の中を登りはポールで一歩一歩、下りは走れるところだけ走る、無理をしない。そうして進んでいるとポールを使っての下りで何人か追いついて抜くようになってきた。

ただこのあたりから時々膝や肘に違和感が出始める。痛みの前兆までではない。やはりポールによる違う動きを入れたから脳が敏感に反応しているのだな。山田先生に教わった立ちストレッチをして、ちゃんと骨盤に衝撃を抜かせる動きを確認して脳にインプットしてみる。その後最後まで痛みは出なかった。


62マイル地点のMeadow Mtn(夜戦病院ぽかったとこ)到着。結構進んだつもりだったがまだ折り返しから10マイルしか来ていないのか。ここでは白湯とヌードルをもらう。ヌードルはふやけて柔らかいので、しっかり噛んでスープと飲み込めば食べられそうだ。それにしても夜になっても気温が下がらない。シアトルの夜は寒かったので夜の防寒を覚悟してきたが、むしろずっとTシャツで丁度いい。

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そこから登り基調でStampede Passへ向かう。緩やかな登りも歩いていたのでかなりペースも落ちた区間だと思う。抜いたり抜かれたりも、大体同じ顔触れだ。次のStampedeの関門は午前9時だったので、歩いても全然余裕だと思っていたところもあった。この余裕のツケが後半に来る事になるのだが。でも心細くなりがちな夜間パートを気持ちをリラックスして進む事が出来たのは良かったと思う。


午前3時頃、Petzlのヘッデンがチカチカ点滅して暗くなってきた。フル充電して20時頃から弱で照らしてきたのに、7時間しか持たないのか。暗いとストレスになるので、早々にザックのブラックダイヤモンドと交換する。もう日の出まで数時間なので明るさマックスで照らした。途中でPCTの看板が見えた。少し戻ってきた気がして嬉しかった。


星空がなかなか明るくならないなあと思っていたが、ようやく青みを帯びてきた頃に69.1マイル地点のStampede Pass到着。午前6時12分。エイドに入る前に朝焼けが見えた。ようやく2/3まで来た。これから明るくなると思うと気持ちも楽になった。

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相変わらずジェルは食えないのに空腹感だけは増してきたので、ヌードルをたくさんおかわりする。麺を茹で始めたところなので固かったが構わずもらってしっかり食べた。もうゴールまでのエネルギー源はこれしか無いのだから食うしかない。ドロップバッグにジェルやアミノ酸を入れていたがどうせ食べられないので交換しなかった。ヘッデンをドロップに戻して荷物が軽くなった。日が出ると暑くなりそうなのでファイントラックも脱いでエイドを出た。


次第に空が明るくなってくる。高原の送電線の下を行く。大量の電気をアメリカ中に送っているのか、チリチリと音がするちょっと異様な朝焼けの光景。PCTの森に入ると樹々が朝焼けで赤くなっていた。なぜかハセツネで見た朝焼けで血のように赤い森を思い出す。日が出るとやっぱり元気が出るな。足元も見えるので走りやすい。

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シングルトラックの長い登りを行くと、途中で犬の写真と英語のジョークを書いた看板が出て来た。「早く来て、待ちくたびれたよ」「ペーサーいる?」(またか)。気持ちが和む。そうかこの先はSnowshoe Butte、学生たちがボラをしていたエイドだ。

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73.4マイル地点のSnowshoe Butteに到着。写真のワンちゃんたちがお出迎え。テントで寝起きの子どもたちも迎えてくれた。エイドで座ってここまで抜きつ抜かれつしていた50代くらいの白人と話をする。先週仙台に大学の関係の仕事で行っていたとか。すごい偶然だ。ベーコンとチーズを挟んだナチョスで腹ごしらえしてからスタートした。


ここから79.9マイル地点のTacomaまでは下り基調。下りの衝撃が足に重く響く。確かにもう110kmを超えているんだな。こんな長い距離を走るのは初めてだもんな。最後まで足が持つだろうか。上手くは走れないが、痛みは出ていない。まだ行けるはずだ。


明るくなってPCTスルーハイカーともすれ違うようになり、景色を楽しみながら尾根を行き、下りはじめたところにテントが見えてきた。私設のビールエイドだ。クーラーボックスからビールを出してもらい、よく冷えたビールをゴクリと飲む。これがうまくないわけがない。行きも帰りもご馳走様でした!

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ビールエイドを出るとすぐに、トレイルを補修しているボランティアの人たちとすれ違う。このレースで痛んだところもあるんだろうか。お礼を言いながら下っていく。


79.8マイル地点のTacomaPass到着。この頃にはAmbitの充電も切れていたのだが、心拍はもう上がらないので気にせず時刻だけを見るのに使っていた。到着はちょうど午前10時だった。Tacomaの関門は13時なので貯金は3時間ある。さすがにもう大丈夫だろう。

エイドではスタッフがスルーハイカーにも食料を振る舞っていた。これがエンジェルというやつか。実はTacoma到着の直前にジェルを試したがやはり吐いてしまった。何度か嘔吐したがもう胃は空っぽで何も出なかった。リアルフードなら行けるだろうか。海苔巻きがあったので恐る恐る食べてみる。何とか喉を通った。頼むぞお米、おらに力をくれ。

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TacomaPassを10時10分くらいに出た。バフに氷を入れているランナーもいたが、そこまで暑くないし逆に身体冷やすんじゃね?と思ってスタートしたのだが、ここで行きと同じミスをしてしまった。次のエイドは11マイルも先のBlowout Mtnだったのだ。油断して水も500一本しか持っていなかった。


しばらく樹林帯を抜けると、日差しを遮るものが無い、暑い登りのシングルトラックに出た。ここまで涼しかったのに急に気温がぐんぐんと上がっていく。

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そして想像していなかったのはアメリカの乾燥だ。呼吸するだけで喉と鼻の奥がすぐに乾燥して痛くなる。特に喉が痛いのでこまめに水を口に含んでいたらあっという間に水が残り少なくなってしまった。その上登っても登ってもなかなかピークに着かない。おまけに乾燥するので息が上がるのに息をしたくない感じ。坂の途中のわずかな木陰で休んでいるランナーもいた。

「全く暑すぎるね、ピークはまだかな」「もうすぐだと思うけど」ようやくピークに出たが、エイドはまだまだ先だった。足場の悪い灼熱の尾根をよろよろ進む。エイドまだか。水飲みたい。喉痛い。水、水


遅々として進みながら次第に弱気になってくる。かなり進んで来たが距離にしてもあと20マイル以上、40km近くもある。まったく100マイルってどんだけ長いのよ。これだけ来たのにまだ3つか4つのエイドを越えなければならないのか。「120km過ぎてからが本当の100マイル」という言葉の意味がようやくわかってきた。あまりの長さに気持ちが折れそうになる。

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しかもこの長い区間でまた関門時間に対する不安感が頭をもたげてきた。3時間も貯金があると思っていたけど、あと3つのエイドを各2時間で行っていたら最終関門到着は16時あたりになる計算になる。17時30分がカットオフだから、1時間くらいしか余裕が無いことになる。これのんびり歩いている場合じゃ無くね?


煩悩に囚われながら灼熱のガレた下りをよろよろと降りたところでやっとこさ白いテントが見えた。87.8マイル地点のBlowout Mtn到着。12時40分。やはり前のエイドから2時間以上かかっていた。テントに入って椅子に座り、全身霧吹きで水をかけてもらう。水に氷を入れて飲んだのがめちゃくちゃうまくて何杯もおかわりした。スイカももらった。もうこのテント出たく無い。もうあの炎天下に出るのやだよ。

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でも関門がマジで危なくなってきたので、バフのキャップに大量の氷を入れてもらい、頭からかぶって、水も500ml二本を持ってスタートした。ここからは林道の長い下りと、長い長い登り返しだ。


林道の下りは割と早く、20分くらいで底まで降りた。距離的には次のエイドまであと半分くらいまで来たはずだから、全部で1時間あれば着けるかなと思っていたが、これが全く甘かった。


そこから登りの林道はもう、地獄だった。どんどん上がる気温。乾燥による喉の痛さも麻痺してきた。頭の氷も谷底までは残っていたけど、登り始めるとすぐに溶けて無くなった。足に力が入らない。ポールで腕の力で押しながら、一歩一歩登る。

まるでおんたけや。灼熱10倍マシマシのおんたけや。しかもおんたけより斜度があって走れないのでたちが悪い。登ったかなーと思ったらその先にまた延々と続く長い林道が見えた時の絶望感を何回もループした。

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そのうちおかしな事に気づいた。道の途中に茶色い地球儀が置いてある。目を凝らして見てもクリアに地球儀が見えるのだ。少しずつ地球儀に近づいていくと、それは倒木の断面だった。同じように、白いテントが見えたり、座ってこっちを見ている2人がいたり、折り紙で作ったようなデザインツリーがあったり、変なものが視界の一部に混じるようになってきた。


これが幻覚というやつか。でも想像していたものとは全く違う。サイケデリックでも何でもない。とても鮮明だ。視界の一部を、脳が勝手に解釈して鮮明な別の映像に誤変換しているのだ。つまり脳の情報処理が一部だけバグっているということか。だから何度目を凝らして見ても一度誤変換された情報が消える訳では無いし、相当近づいてそれが別のものであるという信号が脳に入ってはじめて正しい情報に映像がもどった。


想像していた幻覚とは二晩くらいの睡魔と疲労の中で起こるものであった。いま睡魔はまったく無い。意識もしっかりしている(と思う)。つまりは、脳に糖が足りないために、もしくは脳が省エネモードに入って情報処理が大雑把になったために視覚にエラーが生じているのだろうか。人間の知覚なんて曖昧なもんだな。


そんな事を考えながら灼熱の林道で幻覚を見ながら、ようやくピークを超えたところで視界の先にテントと人が見えた。これは幻覚じゃないだろうなと慎重に近づいていく。人がこちらに手を振って、エイドはこの先下ったところだよと言われ、またしばらく走らされた。


やっとの思いで92.6マイル地点、ColeButte到着。日差しを避けるテントの椅子に倒れこむ。頭から水をかけてもらう。思わず声が出た。ジンジャーエールに氷を入れてもらい何杯もおかわりをした。助かった。もう食べれるものもない。せめてジュースの糖分をとって頭をはっきりさせないと。幻覚など見ている場合ではない。でもテントの外に出たくない。しかし最後のエイドまでは時間に余裕が無いのであまりゆっくりもしていられない。

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覚悟を決めて再び頭に氷をたっぷり入れてColeButteを出た。エイドを出るときに最終関門大丈夫だよねと聞いたら、きっと大丈夫と言われて少し気が楽になった。


Cole Butteから最終関門までは大きな登りはないはずだと信じて進む。確かにコース的には大きなアップダウンは無く、走れるところもあったが、すでに下り以外はしっかりと走る事が出来なくなっていた。細いシングルトラックが続くのだが、身体が左右にふらつくのがわかる。エネルギー切れだ。斜面に沿って伸びる山道は怖いのでポールでバランスを取りながら足を滑らせないように慎重に進む。こんなところで足を滑らせてDNFになったら、ドラマだけど嫌だよなあ。


ようやく最後の小さなピークを越えたが、下りが走れなくてとぼとぼと降りていくと、やっと最後のエイドが見えた。エイドからは歓声が聞こえる。もーそんな見られていたら走らなあかんやん。砂っぽいトレイルを精一杯頑張って駆け下りる。


最終エイドにして最終関門のGoatPeak。16時15分到着。Tacomaを出た時には3時間あったはずの貯金が、実に1時間近くまで減っていた。これ以上ゆっくりと進んでいたら危なかった。ここを通過すればゴール関門の19時にはまず間に合うはずだと思うと、少しだけ気持ちが楽になった。


あとはゴールまで走り切るエネルギーがあれば良い。糖だ。氷を入れたコーラを何杯もおかわりをした。「ポブシクルもあるよ」と言われてアイスをもらう。溶けて崩れ落ちて半分しか食べれなかったが、実に美味かった。この糖を使っておれの脂肪よもう一回だけ燃えてくれ。

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ここからは全部ダウンヒルだという事をスタッフに確認して、ポールをザックにしまい、あまり長居はせずに最終関門を出る。両手が使えるので下りがいつものリズムで走れる。足はまだ動く。痛みもない。心拍も大丈夫だ。身体の状態を分解して一つ一つ確認しながら、下りの林道を走っていく。


途中で何人かランナーを追い越した。女性2人組を抜いたとき、彼女のペーサーがすごいスピードで追い抜き返そうと着いてきたので先を譲ろうかと思ったが、本人が疲れているようで次第に見えなくなってしまった。


行きでこんなに長い林道を登ったかなというところを下りきると、ようやく開けた平地に出た。あとは長い砂利のロードを進むだけだ。さっきの女性2人組みに追いつかれないようにそこそこのペースでロードを走った。


何度かカーブを曲がると見憶えのある最終の長いストレートに出た。時々人がすれ違ってハイタッチをしながら走って行く。人が増えてきて、ようやくゴールゲートが見えた。幻覚じゃないよな。両側からキャンピングチェアに座った女性たちが大きな声援を送ってくれる。とても嬉しい。サンキューサンキューと言いながら走る。

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コングラチュレーション!アナウンスで名前が読み上げられる。読み方変だけどいいよ。

ガッツして天を仰いでゴールをくぐった。さすがに涙が出た。

なんだか、みんな、ありがとう。

 


17時24分15秒

 


32時間24分15秒の旅が終わった


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<ゴール後>


ゴール後にみんなに報告しようとスマホを立ち上げたらゴールおめでとうってで出ててびっくりした。まさかタイムラインで応援してくれていたとは。泣けた。


足をバケツに入れさせてハンバーガーを振る舞うホスピタリティすごい。しかも車までルナサンを取りに行ってくれるほどおせっかいがうれしかった。


周りにいた人達にコングラチュレーションっていっぱい言われた。


車に乗る前に栓を抜いたビールをプレゼントされた。飲酒運転になるので飲まずにそっとモーテルまで持って帰った。


帰ろうとしたらおじさんにバッテリーが上がったので助けてくれと言われて、車のバッテリーをつないであげた。


隣町のスーパーで1人祝杯を上げようとビールを買っていたら、レジに並んでいたおじさんに、お前キャスケード完走したのかよすげーじゃねえかと言われた。これ一番うれしかったかも。なんで隣町まで知ってるのよ。


またねアメリカ。

 

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